立命館大学「育てる里山プロジェクト」活動資料集2013-2017 寄稿

 

 「育てる里山プロジェクト」のことを知り、キャンパス内の「里山エリア」を始めて見たのはキャンパスがオープンした2015年5月の大学イベントでした。道路開発で失われる里山の森を市民の手で街中に引っ越し、育む。意義深いプロジェクトで是非成功するべきだと思いました。というのも、街中の緑はただ人を癒すというだけでなく、天然エアコンとして街を快適にし、あらゆる災害から人を守ってくれる優れた都市インフラになります。現在は「トラブル」や「コスト」の元として邪魔者扱いされがちでもある街の緑ですが、上手に付き合えば代えがたいパートナーになります。このプロジェクトの理念から手法まで、今後の街の緑のあり方に示唆するものが多いと思っています。

 しかし、それは「成功」して初めて価値が出ます。上手くいかなければ「やっぱり植物は難しい」と避けようとする意識につながりかねません。ボランティアに支えられるプロジェクトである以上、参加者の方々が活動を楽しめることが重要で、草木がすくすく森へと育っていくことが大前提になります。

 現地を見たときの感想は「このままでは難しい」でした。土壌の状態と植栽された様子からして、植物が生育するには非常に厳しい環境でした。(とはいえ、当初の状態はむしろ「一般的」と言えます。一般的に植物の生育が育ちにくい植樹方法がとられることが問題だと考えています。)実際に新植した植木も移植した草木も多くが衰弱し枯れているところでした。

 それから2年半が過ぎた現在は「このままなら大丈夫だろう」と思っています。この間で森へ育つための「ツボ」になる問題点は改善しつつあり、植物は息を吹き返しているようです。

 「森を育てる方法」は植物生理や森の仕組みを知ると見えてきます。これまで皆さんと行ってきたのは「自然の仕組み」に寄り添っていくための作業です。①土壌環境づくり②植物の手入れ③植樹方法について、「自然の仕組み」と比べながらこれまでの活動を振り返ってみます。

①良い土壌をつくる

写真1 グライ土壌

 キャンパスに作られた「里山エリア」は、敷地内の土壌を盛土した「丘」になっています。最初に丘全体を真砂土で覆っていたようですが、流出も激しく、スコップを入れると小さな穴を掘るにも苦労するほど、表面から重たい粘土でした。スコップにくっついて離れないほど粘性が高く青みがかった灰色でドブのような臭いがします。これは「グライ土壌」といい、排水不良による土壌の酸欠が原因で生成され、植物の生育が難しい土壌です(写真1、2)。30㎝ほど掘れば水が浸み出すというかなり強烈なものでした。もともと粘土質だったものを建設重機で締め固めたためでしょう。

写真2 土の流出と排水不良

 「植物にとってふかふかの土が良い土」というのは良く知られたことですが、なぜでしょうか?見過ごされがちなのが「地中の酸素」です。これが植物の生存に重要な要素で、栄養分などは二の次です。「ふかふかの土」は土の粒子の間にたくさん空気を含んでいるのが良いのです。植物は酸素を生み出す特別な生き物のように思われますが、実は人間ととても良く似た性質をしてて、人間と同じように「呼吸」でエネルギーを作っています生命を支えています。違うのは「エサ」で、簡単に言うと人は「有機物(動植物の遺骸)」、植物は「水と二酸化炭素」を食べます。酸素は植物の「排泄物」の1つですね。全身で呼吸をする植物にとって、体の半分を占める根も大切な「呼吸器」です。酸素が足りなくなると、人と同じように苦しみ、衰弱し、やがて枯れてしまいます。

 里山エリアの息を吹き返すのに最重要だったのは、文字通り土に「酸素を送り込む」ことでした。現代の造園土木では土壌改良は通常「土の入れ替え」を行います。粘土を捨てて真砂土に交換するのです。これは膨大なコストがかかる上に、根本的な解決にならないことが多いです。里山エリアでは、皆さんで素掘りの穴と溝を掘るだけで、エリア全体の土壌を蘇らせました。コツコツと掘った無数の縦穴と外周の溝によって、数ヶ月後には土の色は青っぽいグレーから茶色になり、匂いもなくスコップがサクッと入る土になっていました。粘土でも空気の通っているものは軽いのです。底に炭を入れていますが、埋まらないため差し込んでいる緩衝材は業者が「ゴミ」として扱う剪定枝や刈り草です。コストも環境負荷もかけずに、人の手作業だけで土壌に空気が通るようになり、植物が息を吹き返してきています。

写真3 「出口」に浸み出す水

 この手法は自然界で起きている水の動きを応用したものです。雨が降ると、地表では土壌の表層を流れる水が集まり川になりますが、それ以外に多くの水が地中に浸みこみます。目には見えませんが、この浸み込んだ地下水も川と同じような「水脈」をつくります。水の流れは①低いところへ集まる②出口に向かって集まるという特性があります。崖下や扇状地の先端で湧水が多いのはこの高低差を下りきった斜面変換点が地下水脈の出口になるからです。出口を塞ぐと地中の水や停滞して酸欠になり、グライ化がはじまります。現代土木は河川や斜面をコンクリートで密閉する手法が主流ですが、これは「出口を塞ぐ」ことになっています。縦穴や溝によって地形に落差を作ると、素掘りした断面全体が「出口」になり、そこへ向かって地中の水が動き出します(写真3)。表土から出口につながる血管のような地下水脈が広範囲に自然と作られていきます。土壌の水はけが良くなり、それまで表土を激しく浸食して泥を流していた雨水がしっかりと土の中に浸みこむようになります。地中の水が引いてくるとそこに空気が入ります。このようにして、酸素をたくさん含んだ土壌が作られていきます。

図1 地中水脈の回復と植物の健全化

 土壌に空気が入ると、呼吸を取り戻して植物が細かな根を張り巡らせます。雑草を含めて土の表面が植物に覆われると、風雨による表土の浸食を防ぎ、土に栄養分と有機物が供給されてさらに土壌改良が進むという好循環が生まれます(図1)。

写真4 素掘りによる側溝

 縦穴と溝を作ってから里山エリアの土壌は改良が進んできていましたが、地形的に最も低い斜面を下りきったキャンパスのメインストリート側では溝と縦穴に水が溜まった状態でした。そんな時に非常に大きかったのが、キャンパスのメインストリートの側溝がこの素掘り方式で造られたことです(写真4)。今は道沿いに砂利が敷いてあるようにしか見えませんが、これは30cmほどの素掘り溝になっています。中には炭と透水管が通り、最終的には大きな排水枡という「出口」につながっています。これで里山エリアの溝に溜まっていた水解消されました。さらにこれによって芝生広場の水たまりや、土や舗装のジメジメしたコケや藻が解消されたことにお気づきでしょうか。通常コンクリート製のU字溝が設置されるところを、素掘り式にしてもらえたことは大学の事務局でありパワフルなメンバーでもある森山さんの尽力があってのことでした。大学と森山さんには改めて感謝しなければいけません。街路樹のカツラ並木の生育も良くなるのではと楽しみにしています。

 街中の木を見れば多くが苦しんでいることがわかりますが、その原因の多くが土壌の酸欠です。しかしこれまで行ってきたように手作業でも地中の環境を大きく変えることができます。原理自体は大きさに関係なく作用するので、小さなスコップで掘るような小さな溝でも同じ効果があります。小さな花壇やプランターでも応用できます。もし土がジメジメしていたり、植物が育たない場所があればみなさんにも実践してみてください。

②楽な手入れが植物を健康にする

 里山エリアの手入れでは「長めに残す草刈り」が大切な作業になっています。この草刈りも苗木を守るためだけでなく、土壌を含めた植物が健康に育つ環境自体を改善していく効果があります。

 2016年になると、里山エリア全体に「雑草」が生えてきました。主にエノコログサやメヒシバのような一年草でした。雑草は「大事な草木の栄養を奪うから抜かなければいけない」と良く言われますが、これは誤解です。雑草が「害」になるのは大事な草木を覆って日照不足で枯らしてしまう場合だけで、それ以外は実は苗木等の大事な草木の生育を助けてくれています。

 まず土を乾燥から守ってくれます。「雑草に水分を奪われる」と思われがちですが、土に直接日光が当たる方がはるかに乾燥します。雨水による表土の浸食からも守ってくれます。また雑草が伸ばした根は雨水の地中への浸透を促し「地中の水脈」を強化します。根には大量の微生物が集まり、土中に栄養となる有機物を供給し土の温度も安定します。つまり雑草はせっせと土壌改良し、苗木の生育を助けてくれているのです。

 草刈りによって苗木が覆ってしまうのを防いでさえいれば、雑草も苗木を育てる強力な助っ人になってくれます。しかも草刈りは引き抜くよりもよっぽど楽で時間もかかりません。

 「長めに残す」ということも大切なポイントです。草刈りというと地面ギリギリで刈ることが良しとされています。確かにまた伸びてくるものなので少しでも短くしておいた方が得な気がしますが、逆効果になります。地際で刈られた草は反動で勢いよく伸びようとします。ぶつ切りにされた木が大量の徒長枝を噴き出しているのをよく見かけますが、それと同じです。植物は地上の姿と地中の根は同じような動きをするので、根っこも荒くなります。結果、根が脆弱になり機能が低下するので、先に述べた土壌改良効果も小さくなります。それに対して長めに残して刈ると、植物の成長点が多く残るので分枝が進み、伸長スピードも穏やかになります。根も細根化してきます。

 後処理も楽をします。刈った草は集めて捨てるのが一般的ですが、それも手間がかかりますし、何よりもったいないのです。そのまま地面にふわりと敷いておくとマルチングになり、やがて分解されて土の養分になります。草を長めに残した草に守られて風で飛ばされることもありません。自然界は基本的に私たちの味方をしてくれています。要点だけ抑えて、後は神経質に抑え込もうとせずに肩の力を抜いて向き合うくらいが、自然の力をうまく利用できるのだと思います。景色としても草原のような優しいものになります。

 現在も里山エリアの植生は目まぐるしく変化しています。翌年には多年草の方が目立つようになっています。ヌルデのような先駆性の高木類も成長してきました。里山エリアで目指す植生ではないためにやきもきする方もいるかと思いますが、これはむしろ良い傾向です。荒地から森への遷移が健全に進んでいるということです。遷移的に先駆性の植物は生存可能範囲が広い代わりに競争力が弱く、里山の雑木林のように成熟した植生の植物になるほどその逆の性質をもちます。恵まれた環境でしか生きられないが、そこでの生存競争力は強い。つまり雑草からすると本望ではないと思いますが、今彼らは雑木林の植物が生育できるような環境づくりをしてくれているのです。一生懸命働いて心地よい環境ができてきたと思うと、より競争力の強い植物が育って押しやられ、やがて消えていってしまいます。皆さんの作業と雑草たちの力が合わさって、急激に森の姿に進み始めているということです。

③森に育つ植樹方法

 新たに森を作るあたり最も重要なのは土壌ですが、植樹方法も大きなポイントです。当初里山エリアには「消える森」から移植した様なの草木の他、造成時に植えられた3メートルほどのクヌギやアカマツ等の植木が点在している状態でした。最初バーク堆肥でマルチングされたいたようですが、風雨による飛散や流失でほとんど裸地になっていたと思います。これは地上の環境としても非常に過酷です。植えられている植物は「森」という環境で健全に生育できる体質になっています。里山エリアと「森」では環境にどのような違いがあるのかを分析すると、「どうすれば健全に育つか」が見えてきます。

図2 森の構造

 森を遠目から見ると木々が非常に密集して生えていることがわかります(図2)。林冠と呼ばれる最外部は隙間なく葉に覆われてこんもりとした緑の塊のようになっています。内部を見ると林冠になる高木から亜高木、低木、下草と階層に分かれています。森の中でもこの階層によって環境は全く異なっていて、それぞれに適した体質をもつ種が棲みわけています。森の最外部は光はよく当たりますが、風あたりもよく、乾燥や温度変化の影響も強い「激しい」環境です。内側に行くに従い、差し込む光量は減ってきますが、外側の草木に守られるために「穏やか」な環境になります。林床に積もった落ち葉は布団のように土の温度を保ち、土壌に養分を供給しつづけます。無駄なく再生産を続ける実によくできた維持装置です。雑木林では林冠はコナラなどのブナ科の高木やアカマツが主役で、その下にリョウブやコシアブラ、モミジ類、ソヨゴ等、低木層にタカノツメ、クロモジやツツジ類と続きます。森では熾烈な生存競争が行なわれていますが、一方でたくさんの植物が身を寄せ合い過酷な環境からお互いに身を守りあっている共同体でもあるのです。人間社会と同じですね。

 地表の状態や植物の密度を比べると里山エリアがとても「激しい」環境であることがわかります。ミツバツツジやシュンランのように「穏やか」な環境で育つ植物は、たとえ「地中環境」が良くても、守ってくれるものがない過酷な「地上環境」のために衰弱します。ヤマザクラのような日差しに強い高木でも、ひょろっとした幹の先に少し葉が付いているような森育ち特有の樹形のものは幹から乾燥して枯れ下がってしまいました。

写真5 密植による植樹(宮城県岩沼市にて)

 ではどう植栽すればいいかというと、森の密度を再現することがポイントになります。それは「身を寄せてお互いに守り合う」という関係を作ってあげることを意味します。そして高木種から低木種まで多様な種類を混植します(写真5)。高さ50cmほどの苗木を植えるのであれば、苗木の間隔も50cmほどで密植します。1mの苗木ならもう少し離してもいいでしょう。密植は「身を守り合う」だけでなく、上へ成長を促す効果もあります。それぞれの木が枝を横に広げる余裕がないために枝を上へ上へと枝を伸ばすようになります。これが先述した「森育ち」特有の樹形になるのです。このまま全てが成長すれば「過密」になりますが、そうはいきません。密度が増すと生存競争が激化します。光量の奪い合いに負けたもの、体質的に弱いものが淘汰されていきます。枯れた草木は土の栄養となって生き残った植物を育みます。林冠が上に成長するとともに階層ごとの棲み分けもできてきます。自然界で植物は身の丈に合わせて一定の「最適な密度」を維持しながらみんなで「快適な住まい」を作っているようです。その意味で草原も森も「相似形」といえますね。植栽も手入れも森の「相似形」を作るイメージを持っていると自然界の合理的なシステムが働いて育てるのを手伝ってくれます。

 このやり方、大量の苗木が必要ですね。私たちがやろうとしてもとても追いつきません。しかし、心強い味方がいます。それが勝手に生えてきてくれた雑草たちです。雑草の方が成長が早いので苗木が小さい間は草刈りで守ってあげる必要がありますが、苗木の数はまだ少なくとも、今は雑草たちが苗木と身を寄せ合うことで大切な苗木を守ってくれています。

 私たちが植えた苗木で最も成長が早いのがコナラやアカマツです。これは雑木林で林冠になる木々です。つまり、過酷な環境に比較的強い。里山エリアの現状からいうと、今必要なのは「林冠の成長」です。森の中を歩くと季節ごとに色んな花や実が見られて綺麗です。里山エリアでも早くそんな姿を見たいですね。しかしそうした「人の目につく」草木は森の中では最も「内側」に生きています。林冠に守られた「穏やかな」環境を求めています。実際、里山エリアのツツジなどの低木類は土壌改良以後、春にはとても綺麗な新芽をたくさんつけるようになりましたが、夏になり日差しが強くなるとやはり葉が痛んで苦しそうです。まだ木がまばらな里山エリアでは、今後も林冠になる苗木を増やすことや、ヌルデやアカメガシワといった自然に生えてきた先駆性の木々の力を借りることが、「里山」の姿への近道でしょう。土壌改良が進んでからは衰弱していたキャンパス造成時のクヌギやアカマツなどの植木が息を吹き返してきました。これらの木の足元であれば低木類も育ちそうです。

 地中水脈づくりを始めたのが2016年の5月。大きな木の近くの縦穴掘りに始まりエリア外周を溝で繋げたのが11月。酷暑の夏を含めてその間の活動のほとんどがひたすら土を掘る作業…。自分が言い出したとはいえ、正直みなさんを見て「よくやるな」と思ってました(笑)。いつも前向きな姿勢には力をもらえます。松林エリアも含めてまだやるべきことは沢山ありますね。たまたま造園的に改善できそうなことがあるので、今は私が前に立つような機会が多めですが、一参加者としてこれからも色んな人から学びや気づきをもらいながら、森に育てていくのは楽しみです。

 人が集まった時の力の大きさや楽しさ、地域の人が「自ら育てる」ことで生まれる意識は今後の造園やまちづくりにももっと活かすべき価値あるもだと感じます。これからたくさんの人が楽しみ、広がっていくような活動にできるといいなと思います。

 最後に、誰の意見にも耳を傾けながらやわらかに皆を引っ張ってくれるプロジェクトリーダーの田中力先生と、すごい調整力でみなさんの要望を実現し、明るくプロジェクトの運営を支えてくれている大学事務局の方々に改めて感謝します。